<< April 2006 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
CATEGORIES

悪夢

memo35

 帰りの香港の空港で「京都ジャージャー麺」を食べた。飛行機に乗ってしばらくすると飲み物サービスがある。もうすでにそのときには悪夢が始まっていた。
 だんだんと頭が痛くなり、気分も悪くなる。座っていると冷や汗がでてきてパニックを起こした。我慢をしていたが食事が配られるときのにおいでダウンし、乗務員さんに知らせた。横になる場所を作ってくれて12時間のフライトのほとんど、寝っころがっていた。いろんな方が心配して、「おさゆを飲むといい」とか「コーラが効く」とか「この薬は漢方で身体に優しいから効く」などと教えてくれたが、頭を振ると気分が悪くなるので、連れにまかせて私は身体を休めていた。
 絶対にあのジャージャー麺だ。確信している。
 乗り継ぎのフランクフルトの空港の病院で、ストックホルムまで持ちこたえるように薬を処方してもらった。飲み薬だったが即効性があるらしく、たちまち元気になった。
 問題は家に戻ってきてからだ。どうもおかしい。胃がつままれるように痛む。
 一日になんども。しかも首の周りに湿疹が出始めた。明らかに広がっている。
 一応病院にいって見てもらったが,ドクターに直接見てもらえず、看護婦さんが受け付けにやってきて話しをきくだけ。復活祭でやすみに入るので1週間後にまだ悪かったらちゃんと検査しましょうとのこと。休みはしっかりとるスウェーデン人。頭が下がる。目にくまがでて苦しんでいるのに診察室にも入れてもらえないなんて。
 不安なままイースターの休みに入り、家でごろごろし、食事は流動食のみ。体力は下がったが、改善に向かってるといえるのだろう。
 来週には完全復活でありますように。
 病気は自分で治そう。これが私が学んだスウェーデンでの生活テクニック。
 スウェーデンの医療に疑問符を投げかけてもいいだろうか。
memo

___

memo34

 3月15,16日のコンチェルト初演、19日のパーカッションソロの初演のあと、3週間休みを取って日本に帰った。最初の1週間は東京へ。今年はスウェーデンで仕事だったため参加できなかった「東京のオペラの森」の練習と公開リハーサルを聞き、久しぶりに仲間と再会。東京の大学に通っていた妹の卒業式ではかま姿に涙をし、友達と焼き肉を食べ、ぼさぼさになっていた髪を切り、楽器屋さんで楽譜とマレットを購入し、本屋さんで本と雑誌を買い込み、と忙しく動き回っていたら体調を壊し、そのまま福岡の実家へ。
 1週間の福岡滞在中外に出たのはたった一日。会おうと約束していた友達とも会わず、親戚にも顔を見せずになんと薄情なやつだろう、と後ろめたさもあったが、実はよくあることなのだ。音楽を仕事として活動してる方なら同感してくれると思うが、緊張感の張った期間がながく、休みも休みとしてカウントできない毎日、それがひと段落すると体制を整えるまでしばらくかかる。
 あたまもすっきりしないままあっという間に1週間経ってしまった。日本を出たのが4月3日。あとの1週間どこに行ってたのかというと、香港だ。親戚のうちに1週間滞在した。香港は外国人観光客に対してオープンな「国」のひとつ。英語もほとんど通じる。去年行った北京、上海は同じ「国」だが全く違う。もちろん歴史が違うのだから当たり前だが。
 日本で調子が悪かった私は、体力がまず続かない。が毎日とにかくできるだけ歩いた。歴史あるトラムにも、安いタクシーにも、夜景がきれいなヴィクトリアピークに行くトラムにも、地下鉄にもとりあえず全部乗った。
 調子もだんだんよくなり買い物にも食事にもせいが出る。中華料理のおいしさにはとても満足した。得に香港人が連れて行ってくれた飲茶。観光客はまず行かないところらしい。その飲茶に連れて行ってくれたのはカナダセイビアンシンバルのアジア局のマネージャーさん。中国楽器屋さんにも連れて行ってくれて、中国の木魚やシンバル、鐘をたくさん買った。そのときは夢中で何も考えなかったがお店を出た瞬間、あまりの楽器の多さに一言。「やばい」。これをスウェーデンまでもって帰ることまでは考えてなかった、しかも手荷物で。
 久しぶりの「観光客」としての旅は新鮮で、スウェーデンに戻ってからのエネルギーになるだろう。と旅の終わりに実感した。
 が、これも厄年のたたりか。帰りの飛行機で体調はまた崩れた。
memo