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インフルエンザ

memo9

 インフルエンザにかかった。ここ一年のうち2回目だ。
 クリスマスイブに家でパーティーをしたあと、調子がわるくなり、熱はあっという間に37度を軽々と通り越し、ついに39度に入っていった。

 小さいころから、風邪をひいたら病院へ行くのが当たり前のようになっていたが、こちらでは病院に行っても薬すら出してくれない。風邪くらい1週間くらいじっとしていれば治る、とお医者さんは言う。無料の救急電話サービスに電話をし症状を説明。
 「インフルエンザですね。暖かくして水分をよくとって寝てください。39度以上上がるときは冷水を浴びてください」といわれた。
 「病院で見てもらえませんか?」
 「来てもらっても薬とか注射とかうてませんよ、ただのインフルエンザですから」。
 いくら自然治癒力がある人間とはいえ、あまりの過激な言葉にちょっとショックを覚えた。なんでもかんでも薬に頼る日本ではあるけれど、薬には絶対たよらせません、というスウェーデン医療も極端で面白い。

 一日のうち何度も震えが来て、温まってきたら眠くなり、眠ったと思ったら汗をたくさんかいて飛び起きるを繰り返す。
 年末で人々があわただしいときに、じーっと家で熱と闘っていた。
 来年こそは風邪などひきませんように!
memo

出会いそして夢

memo8

 先日、日本人の友達の誕生日パーティーに行った。
 招待されたたくさんのお客さんは、彼女がスウェーデンで知り合った友達ばかり。
 彼女が住んでいるアパートの大家さんを始め、学校で知り合った人や趣味の集まりで出会った人たちもいた。

 大学で勉強をしている彼女は去年の秋にストックホルムに来た。彼女とは私が桐朋学園に通っていたときに知り合った。私の太鼓の師匠がある大学の合唱団と共演するということで私もお手伝いをさせていただいた。そのときに歌っていた合唱団の中に彼女がいた。

 ストックホルムで再会したときはまさに誰もが気持ちが沈む初冬。私はちょうど日本から帰ってきたところだったからまだ落ち込んでいなかったけど、彼女は寂しさと不安で落ち込んでいた。

 思い出せば7年まえのこの時期、私はかなり落ち込んでいた。ご飯を食べる気もなく、学校のカフェでマフィンを1つほおばるだけだった日も何日もあった。携帯も、コンピューターも、テレビもないアパートでひたすら家族や友達に手紙を書いた。寂しさから逃れたいために泣きながら楽器と向かい、結果自分を追い詰めた。あのころは身を削って音楽をしていた。23歳のときだ。

 そんな私も今ではたくさんの仲間と友達と家族がいる。
 中には演奏会に来てくれてそれから一緒に旅行まで行くようになった友達もいる。
 だからこそ今は感謝の気持ちで演奏しているのかもしれない。

 私とは状況も違う彼女だが、一人で自分の夢を追ってきたという点では共通する。そしてこの1年でたくさんの人から支えられたからこそ、素敵な出会いがあり友達もたくさんできたと思う。パーティーに来ていた友達はみんな彼女のことを大切に思っている存在なんだと感じた。
 でもあと一月で一時帰国してしまうそうだ。
 こちらに来たすぐのときは環境にもなれず、どんなに日本に帰りたいと思ったことかと思う。でもストックホルムに戻ってきたいという今の彼女にとって、日本に帰るということに不安がないはずはないだろう。

 意思の強い彼女は絶対に自分の思いを貫くと私は思う。
 心から彼女のことを応援する。
memo

水戸室内管弦楽団

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 今年5回目となる日本への帰国。
 今年最後の帰国は小澤征爾さん率いる水戸室内管弦楽団とのツアー。11月28日にストックホルムを経ち9日間の日本滞在。水戸での3回の本番のあと新潟に行った。そのほかに水戸の小中学生のための音楽会と、新潟では余震が続く長岡市へ出向き演奏させていただいた。水戸芸術館も新潟りゅーとぴあホールもそれはすばらしい音響だった。

 新潟へはバスでの移動となった。その日はとても強い風が吹いていてバスも風にあおられながら新潟市にたどり着いた。予定だと4時間かかるところが5時間半もかかった。
 次の朝、またバスに乗り長岡市へ。震源地に近いところだったそうで、まだたくさんの方々が避難生活をされているそうだ。実際に液状化現象になったところや完全に倒壊している家を見たわけではないが、バスからみえる家々はいたるところに青いビニールシートがかぶさっていて、かわらの修理をする準備をしていた。
 地元の中学校の体育館で行われた50分弱のコンサートに駆けつけてくれたのは学生さんだけではなく、地元の方も聞きにいらしていた。
 小澤さんを見つけるなり大きな歓声があがり、楽器紹介も交えながらモーツァルトのシンフォニーやコンチェルタンテを聴いていただいた。
 体育館の気温は12度。この体育館で震災直後にはたくさんの人が非難してきたそうだ。
 寒さと不安に震えながら何日もここで過ごしていたのかと思うと、慰めの言葉も軽すぎて言えない。バッハのG線上のアリアをお祈りの曲として演奏したとき、たくさんの方が涙しているのが伺えた。被災された方たちばかりではない。オーケストラのメンバーもくしゃくしゃになって涙していた。
 そして何よりも心を打ったのは、お客さんたちの笑顔だった。

 雨上がりの校庭には仮設住宅が建っており、その真上を虹が端から端まできれいに出ていて、どーんと構えていた。

 皆さんに見送られ、今夜の最後の本番へと向かった。
 音楽の持っている最高なことは「癒し」。でも喜んでくれた方々の笑顔に逆に励まされた気がした。
music

アドヴェント

memo7

Den tredje söndagen i advent

tre små små ljus vi tänt

De strålar mot oss varm och klart

och säger

Julen kommer snart

第3番目アドヴェントの日曜日

3つのろうそくに小さなあかりを灯す

私たちの心とからだを暖めてくれるあかり

そしてこうつぶやく

クリスマスまであとすこし
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