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雪の11月

memo6

 フィンランドへ仕事で行く前、ストックホルムは木々の葉っぱが最後の力を振り絞って、しがみついていた。冬が始まるにはもう少し時間がかかるだろうかと思っていた。
 フィンランド滞在中、あまりの寒さにたじろいでいた私は、飛行機でストックホルムに戻り降り立った瞬間、目を疑った。
 大雪だった。
 夜遅くに到着したので気温もぐっと下がり、マイナス11度だったそうだ。
 アーランダ空港に駐車してあった車は25センチも雪が積もっており、雪を払い、ガラスにへばりついた氷をがりがりとり、ようやく車をだしたのは30分ほど経ってから。車に乗ってもジャケットは脱げず、白い息がガラスを曇らせる。
 家にたどり着いたのは夜中の1時近く。「ただいま」の言葉も出ずにお風呂場に直行。
 日本から買ってきた入浴剤をいれ芯から温まる。

 そんな雪まみれの毎日ももう1週間が経った。
 朝起きるとカーテンの向こうはもう明るい。雪が光を反射して、いつもより明るく照らす。
 道を歩けばとても静か。車の音を吸収してくれるから。
 そらを見上げると風にのって小さな雪の結晶がきらきらと舞っている。

 人々の足取もちょっと軽い気がする。クリスマスの予定がだんだんと見えてくるからかな。
 そして冬至を過ぎれば毎日3分ずつ明るくなってくる。

 早いもので今週末はフシュタアドヴェント、クリスマスから数えて4週間まえの日曜日。この日には
 クリスマスの飾りを家中に飾る。
 家の近くでは毎年この時期にあらわれる、もみの木お兄さんがもみの木を売りにやってくる。
 今年ももう売り出されていた。
 いつも一番小さいのをおねがいするのに、ずるずると引っ張って持って帰ってき、いざ家の中に入れてみるとあまりの大きさにびっくりする。
 そして木の根元にプレゼントを並べてクリスマスを待つ。

 私もどうやらクリスマスが待ち遠しいらしい。
 クリスマスのことはもう少ししてから書くことにしよう。
memo

カーネギーアートアワード2004

music4

 11月も後半に入った17日、ストックホルムから飛行機で45分、フィンランドのヘルシンキへ飛んだ。
 ノルディックの現代アートの展示会で、アーティストたちが描いた絵をバックにソロを弾いた。
 会場は現代美術館。コンサートホールとは異なる音響はいつも悩まされるため、こういうときはいつもよりおおめの撥を担いでいく。今回はフィンランドの打楽器奏者から楽器をお借りしたが、特別な楽器は自分でもっていったので、スーツケースはかなりの重さになった。
 せっかくのチャンスなので3日間滞在し、プライベートもかねての演奏会だった。

 冬タイヤにかえたばかりの車にあさ7時前に乗り込み、飛行場へと向かう。飛行場ではアメリカに一時戻って演奏会を控えている、オペラ座で今公演しているトスカの指揮者マエストロバディアさんに会い、そしてメキシコでジャズを演奏しに行くという、留学時代のサックスの知り合いにも久々会いしばらくおしゃべりを交わし、この日の朝はハイテンションで始まった。

 空から見えるストックホルム群島のきれいなこと! 朝日が射し、島々を照らしている。
 降り立った地はマイナス5度。ストックホルムよりも寒い。ホテルに直行し、用意していったスキー用の下着も全部身に着け早速会場に行った。

 本番にはアイスランド、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの現代アートの主要な方々や、フィンランドの首相までもお見えになり、約600人のお客さんであふれる会場で、スピーチなどの間に曲を弾いていった。

 空き時間にはカテドラルやロックチャーチと呼ばれる教会、フィンランドのデザイナーが作った雑貨や洋服を売っているデザインハウスや、ストックマンという町で一番大きなデパートにも足を運んだ。

 フィンランディアコンサートホールでは、ユッサペッカサラステさんの指揮でマーラーの9番を演奏していたので聴きに行った。
 1,2楽章では演奏者、指揮者の演奏したいフォームというのがつかめずにいた気がするが、さすがスタートの遅い(という私の勝手な想像だが)フィンランド人、3楽章で目が覚めたかのように、生き生きとした演奏で聴いていて自然にからだが音楽に合わせて動き出したくなった。
 スウェーデンでは学生はただで聞ける。私も学校の帰りがけに自転車でコンサートホールやラジオ放送ホール、オペラハウスと毎日のようにはしごをしていた。ジーンズやぼろぼろのセーターで会場に走りこんでくる学生をよく見る。
 フィンランドでは(このコンサートだけだったのかもしれないが)、60歳以上の年配の方が多かったように見えた。
 学生が簡単に聞きにいけるようなシステムではないのだろうか。

 最終日の夜、フィンランド料理のおいしいお店を紹介してもらったので、足を運んでみた。トナカイ、ヘラジカ、ウサギ、雷鳥といわゆるワイルドアニマル料理。私は迷わずトナカイを注文。デザートにはクラウドベリーのソースがかかったクリームチーズをいただき、余韻にひたったまま飛行場へと急いだ。
music

カフェで過ごす

memo5

 先週は4歳から7歳の子供たちの為の音楽会。
 いつになく早く起きる。開演時間は朝9時半と10時45分。
 会場を出るのはちょうどお昼時だ。いつもなら家に帰ってお昼を食べるところだが、その日はとてもいい天気だったので、カフェに入り食事をかねてお茶することにした。

 ランチのあとにアプリコットの紅茶を注文した。大きなカップにいい香りの紅茶が注がれ、その中に蜂蜜を入れていただく。
 寒い日だったのであえて紅茶にしてよかった。
 地下鉄などの駅で配られる新聞を開き、映画やコンサートの情報をチェックする。

 一人でカフェに入るのは久しぶりだ。
 カフェは私にとって一種の仕事場みたいなものだ。
 コンサートの企画の話し合いや、作曲家とアイデアを出し合ったり、演奏家とだったらプログラムを決めたり。リハーサルの時間を決めるのも、とにかくお茶をしながら決める、というのが多い。
 ソリストや作曲家は、練習のときや作曲の最中はたった一人だ。
 コンサートも一人で行うことが多いため、リサイタルやレコーディングとなると下手したら終わるまで誰ともあいさつを交わさないことだってある。
 この寒く暗いこの地で誰にも会わないというのはとても不健康で、落ち込むばかり。
 人恋しいのはみんな同じ。「じゃ、とりあえずお茶しましょう」ということになる。
 先週みたいに仕事が終わってから、さあスタジオに戻って練習しよう、というときにわざわざカフェに入ることはあまりない。でもその日はうちに帰るだけだったのであえて寄ってみた。

 カフェのなかに差し込む日ざしを浴びながら外の景色を見るのもいい感じだ。
 天気のいい日は外にいたいと思うが、何しろ気温が低いので、厚いジャケットを脱いでふかふかのセーターにくるまれ、あっつあつの紅茶を飲む。
 こんな贅沢が簡単に手に入るとは!

 ちょっと離れた席には産休をとっているお父さん2人が、それぞれの子供をあやしながらコーヒーを飲んでいた。ビジネスウーマンが急いでランチを食べていたり、その隣にはおばあちゃんとその息子らしい60代くらいのおじさんがパイと紅茶をいただいていた。
 こういった光景はこっちでは当たり前のようになっている。

 そんな人の流れも横目で伺いながら、日にぽかぽかとあたっていた。
 こんな過ごし方もお勧めしたい。
memo

子供のためのコンサート

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 11月9日から12日までの4日間、ストックホルムとその近郊で子供のためのコンサートをアクターのヘレナさん、ピアニストのローべさんと3人で7回コンサートをした。
 4歳から7歳までの子供たちが私たちのお客さま。開演時間は朝9時半。
 子供たちのほうが私たちよりもももっと元気がいい。

コンサートのテーマは「ナットムジーク」、夜の音楽。
 すやすやと眠るローベさんと私を、ヘレナさん演じる妖精トーナが魔法で呼ぶ。魔法がきちんと利かずに楽器にもたれながら、うつらうつら演奏をし始めるところから始まり、子供たちの歓声にも時々答えながら35分間のコンサートは終了する。

 ショパンのノクターン、ドビュッシーのアラベスク、ケークウォーク。
 別宮さんのむしめがね、ストラビンスキーの春の祭典などをピアノとヴィブラフォンのためにアレンジして弾いた。

 この子供のためのコンサートは1年に1回か2回ほどの割合で、2001年から参加している。デュオの人が変わり、他のプログラムで演奏したりもする。
 それにしても毎回違う場所でいろんな地域の子供たちと会うのは楽しい。
 私のたどたどしいスウェーデン語のせりふも、なんとか伝わっているようだ。

 素敵な夢と音楽を提供させていただくつもりでやっているが、子供たちから得るもののほうが、はるかに多い。
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コンサートキャラバン

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 10月半ば、2年半ぶりに懐かしい仲間に再会した。
 東京初台にあるオペラシティのリハーサル室。
 指定された時間にいくとすでにおり番であるハイドンのチェロコンチェルトのリハーサルが始まっていた。
 チェリストはロストロポービッチさん。
 オーケストラは2年半前に演奏した仲間が集まった。

 2002年の夏、東京駅にメンバーが楽器を手に持って集まった。
 そこへ指揮者の小澤征爾さんが「よっ!」とやって来、一同新幹線で岩手県へと向かった。
 ついた所は岩手県浄法寺の梅田川分校。そこでロストロさんと合流し早速リハーサルが始まった。
 小澤征爾さん、ロストロさん、そしてキャラバンコンサート2002の幕開けとなった。
 コンサートホールもなく、普段あまり演奏会にいけないところに私たちがいきなりやってきて、出前コンサートをさせていただく、というのが旅の目的。最初に行った梅田川分校は今年が最後で閉校になった。私たちが押しかけたときは8人の小学生たちが和太鼓を演奏して迎えてくれた。
 わけがわからぬまますべてが始まり、最後はこれ以上ないというくらいに固い絆で、それぞれが次のステップへと進んでいった。
 それから2年半あまり。

 美智子皇后の古希のお祝いにロストロさんがキャラバンオーケストラでお祝いをしたい、との一声で日本全国に散らばった演奏家たちがあつまった。海外在住は私を含め2人。贅沢にもそんな私たちにも声がかかった。
 変わらないみんなの顔を見た瞬間に、気持ちは2年半前に戻った。久しぶりに遠方に旅立っていった親戚にでも会うような、不思議な感覚。
 懐かしいような、でもいて当たり前のような。。。

 その日は超大型台風が関東に上陸の前の日だった。そんななか雨の音に負けないくらいの拍手と歓声でコンサートを終えた。
 2階席の美智子様とロストロさんが「ありがとう」のサインを互いに長い間交し合っていた。
 バッハの無伴奏チェロ第2組曲のサラバンドを一人で弾かれたときには、会場がそしてキャラバンのメンバーが聞き入った。
 言葉も出ないくらい、心の奥に染み入ってくる。

 小澤さんとの固い友情、仲間たち。彼にとってかけがえのない大切にしたいもの、音楽を通じて得たもの、それが感謝の気持ちとなってチェロを響かせてるように感じてならない。

 本番の後に彼が言ったのは「日本が大好き!私は日本人です!!」。
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サンフランシスコでのハロウィンの思い出

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 11月になりました。
 今週末はハローウィンです。ここスウェーデンではハローウィンを10月31日にするのではなくて、週末にあわせるようにその次の週に祝日となります。
 そう思ってました今まで。
 今年はなぜか10月31日が週末にも関わらず、11月6日がハローウィンとなっています。なぜだろう?

 小学校の3年生から4年生の時に、父の仕事でサンフランシスコに住んでいたことがあります。
 ハローウィンはその時のなかでも思い出深いものです。
 学校では教室の片隅にあるキッチンでかぼちゃのお菓子をつくったり、くりぬいたかぼちゃにろうそくを灯したり、オレンジ色の紙を切り抜いてかぼちゃお化けを作ったり、勉強もそっちのけで小学生なのに幼稚園生みたいなことしてみんなで楽しく過ごします。
 当日の夜には近所の子供が思い思いの格好をしてみんな集まって、「トリック オア トリート?」といいながら近所のおうちを訪ね周りお菓子をもらいます。
 ピーターパンのティンカーベルや、骸骨のTシャツなどを着て。
 私は三角にとがったつばの広い魔女の帽子とマントを引っ掛けて、お菓子をもらうのに必死に走り回っていました。

 日本に戻ってきてからも10月のハローウィンはまだ日本に広まってなかったように思います。先日の帰国の際には、どこのお店にも、お花屋さんにもいたるところにかぼちゃのおじさんが並んでいました。
 日本はおいしいホクホクのかぼちゃがあります。うらやましい!
 それで、ご家族や友達にかぼちゃパイやかぼちゃプリンなどご馳走してはいかがでしょう?

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