2006.07.27 Thursday
ヴィッラ・サンミケーレ

1949年ストックホルム王宮にて一人のスウェーデン医師が息を引き取った。
アクセルムンテ。
1857年に南スウェーデンに生まれたムンテは、18歳のときに訪れたイタリアのカプリ島に魅せられ、1897年から約40年の間に、カプリ島にあるアナカプリ地区に住み、最終的にヴィッラ・サンミケーレに住居を構えた。今ではムンテの遺志により一般に公開されているとともに、ムンテの愛したカプリを多くの芸術家とともに共感しあい、より多くの人々にこの地を知ってもらおうとの想いから、スウェーデンとイタリアの文化交流の場ともなっている。
毎夏6月から8月、毎週金曜日にミュージアムの中にある、教会やテラスでコンサートが行われているが、今年は私もその室内楽シリーズに招待された。
出演者は1週間、ムンテの別荘のゲストハウス、またはゲストルームに滞在することができ、彼が大切にしていた庭園も自由に歩き回ることができ、庭師さんがきれいに手入れしているハーブ園や野菜園からは、好きなものを好きなだけとっていただいてもいい。
ゲストハウスにはもちろんキッチンもついているから、私たちは滞在の半分を庭園の野菜とハーブを使って食事をつくった。パスタの国、イタリア。特に南の料理はおいしいと聞く。
AumAumといわれるパスタ料理には、真っ赤なトマト、ナス、にんにく、バジル、モッツァレッラチーズ、そして最後にパルメザンチーズをかけていただく。
たったそれだけのシンプルな料理なのに、「今まで何を食べて生きていたんだろう!」といらつくほどおいしい。
ムンテがどんな想いで医療活動をしていたのだろう、この景色をどんなに幸せな気持ちで眺めていただろう、カプリの人々そして大切な動物たちとどのようにして過ごしていたのだろう、と思いをめぐらせる。
戦争によってやむなくスウェーデンに戻ってきたムンテは、王宮の専属医師でもあったため、特別なゲストとして亡くなるまでの6年間、ストックホルム旧市街のガムラスタンにある王宮で過ごす。
40年間住み続けたいとしのカプリを思い浮かべるのは、どんな気持ちだったのだろう。
私は今回スウェーデンからのゲストとしてムンテの生活にふれインスピレーションされた。
満員になった会場で、みなさんと美しい夕日を見ながら過ごせたことは、私にとって大きな財産となった。
残念ながらアクセルムンテの書いた「サンミケーレ物語」の日本語訳はいまは絶版となっている。






